患者教育の重要性~糖尿病教室の発足と透析療法を回避するための取り組みについて~

糖尿病とは、何らかの理由によってインスリン(血糖値を一定に保つホルモンの一種)がうまくはたらかなくなり、血糖値が高くなってしまう病気です。

血糖値の高い状態が続くと血管がダメージを受け、それによってさまざまな合併症が生じる恐れがあるため、治療で血糖をコントロールしていくことが大切です。特に2型糖尿病は遺伝的要因のほか、生活習慣の乱れによって生じることが知られており、生活習慣の改善も血糖コントロールの重要な鍵となります。患者さんがこのようなことを理解して糖尿病の治療に臨むことが大切です。

今回は長年糖尿病診療に力を注いできた出雲 博子いずも ひろこ先生に、先生が取り組んできた患者さんへの教育や透析療法を回避するために心がけていることなどについてお話を伺いました。

糖尿病は生活の中で管理する~アメリカ留学で学んだ外来教育システム~

私は大学を卒業し研修が終了した後、1980~1990年代にアメリカへ留学し、“ハーバード大学医学部附属ジョスリン糖尿病センター”で勤務しながら、糖尿病診療について学びました。ジョスリン糖尿病センターでは、当時からほとんどの糖尿病患者さんを外来診療で診ており、重篤な合併症がある場合のみ、隣接するハーバード大学の病院施設への入院としていました。

同センターでは、糖尿病患者さんに糖尿病について理解し、血糖をコントロールできる生活習慣を身につけてもらうために、4日間の外来教育システムを行っていました。患者さんたちを入院させるのではなく、外来で糖尿病に関する患者教育を行います。多くの患者さんはバケーションを利用してセンター近くのホテルに泊まり、通っていました。

この外来教育システムの特徴は、なんといっても患者さんが主体的に参加できることです。複数の糖尿病患者さんがグループとなって参加するため、同じ病気で苦しむ方同士のコミュニケーションが生まれるほか、食事もビュッフェスタイルになっており、適した栄養バランス・カロリーなどを自分で考えて食べ物を選んだうえで医師にチェックしてもらえます。

また、糖尿病について研究を行っている研究所へ足を運び、糖尿病治療の将来について学ぶこともでき、治療のモチベーションアップにもつながったのではないかと感じました。

聖路加国際病院の外来糖尿病教室発足

私はサルスクリニックに来る前、聖路加国際病院の内分泌代謝科で長らく診療をしてきました。そのなかで行ってきた大きな取り組みの1つに外来での糖尿病教室の発足があります。

私が2000年に聖路加国際病院へ入職したとき、同院では2型糖尿病の患者さんに対する教育入院を行っていました。2週間病院に入院し、病院で作られた料理を食べ、病院の決めた運動療法などのメニューをこなすことにより、血糖値の改善をめざします。

しかし、実際に教育入院の現状をみてみると、退院後にその知識や経験を生かせている方は少ないという課題がありました。入院している間は病院で出された食事をするので、一時的に血糖の数値もよくなり糖尿病が改善したようにみえるのですが、退院してしばらくすると生活が元に戻ってしまい、糖尿病が悪化してしまうことも少なくありませんでした。

この現状に疑問を持った私は、自身のアメリカへの留学経験を生かし、教育入院を減らして“外来糖尿病教室”を発足しました。

日本では4日間の連休を取ることが難しいため、同院の“糖尿病教室”では毎週1日ずつ計3日通っていただき、3週間かけて糖尿病について学んでもらいます。病気のことや血糖コントロールのポイントについて医師・看護師・栄養士・PT(理学療法士)などが分かりやすく説明するほか、患者さん同士が自由に意見を交わせるような環境づくりをしました。

患者さんも病気のことを深く理解すると希望が持てるようになり、生活習慣の改善に対するモチベーションが自然と高まります。この教室に参加することによって、血糖コントロールがうまくいくようになり、糖尿病を悪化させずに長くよい状態を保てる方が増えました。この経験から私は、患者さんが主体的に考え、生活習慣を改善していくことの重要性をより実感するようになりました。

腎症などの合併症や透析の予防について

糖尿病を治療する大きな目的として、重篤な合併症を回避することが挙げられます。糖尿病には長期の合併症と短期の合併症があり、長期の合併症としては血糖値が高い状態が続くことによる心臓病、腎症、網膜症、足の壊疽えそなど、短期の合併症としては血糖が著しく高くなることによる昏睡こんすいなどがあります。

糖尿病と耳にすると「悪化したら、腎症によって透析療法が必要になってしまう」というイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。そのイメージのとおり、糖尿病は悪化すると腎症を引き起こし、透析療法が必要になることがあります。透析療法が必要になると、体の中の老廃物を取り除くために週に何度も病院に通わなければならないため、多くの人は「できるだけ透析を避けたい」と思っているものです。

糖尿病の合併症や透析を避けるためには血糖コントロールが第一なのですが、血糖コントロールだけでは対策が不十分なこともあります。ここでは、糖尿病によって腎臓が悪くなる“糖尿病性腎症”について少し掘り下げてみましょう。

コレステロールや治療薬が腎臓を悪くすることもある

腎臓が悪くなる要因の1つは糖尿病ですが、実はそのほかにもさまざまな要因があります。

たとえば、高血圧やコレステロール、中性脂肪などの数値が高い場合は動脈硬化を促進させ、腎臓の血流が悪くなって腎症が生じやすくなる恐れがあります。喫煙も血管を収縮させてしまうため、腎臓を悪くしてしまう可能性があると考えられます。

さらに注意したいのが、日頃服用している治療薬です。薬によっては、飲み続けると腎臓に負担がかかり、腎臓を悪くするものがあります。たとえば、頭痛や腰痛などの痛みを和らげるために服用する消炎鎮痛剤、便秘解消のために処方されるマグネシウム製剤なども腎臓に悪影響を及ぼすことがあります。そのため、複数の診療科にかかって薬をもらっている方は、ご自身が服用している治療薬をきちんと糖尿病を診る医師に報告してほしいと思います。

そのほか、食べ物などが腎臓に悪影響を及ぼすこともあります。たとえば、生野菜や果物は一般的には体によい食べ物として認識されていますが、すでに腎臓の状態が悪い方が食べると腎臓に負荷をかけてしまう可能性があります。これは、腎機能が低下すると生野菜や果物に多く含まれる“カリウム”という栄養素がうまく排泄されにくくなり、高カリウム血症になってしまうことがあるからです。

このように腎臓には血糖だけでなく、さまざまな要因が関与してくるため、患者さん一人ひとりに合わせた治療や管理が必要です。人それぞれ異なる腎機能悪化の要因を突き止め、それに合った治療や管理を継続していれば、腎機能の悪化を食い止め、透析療法を必要とせずに過ごせる可能性が高まります。

糖尿病の早期発見のために定期的な健康診断を

糖尿病は重症になると喉の乾き、多尿、体重減少などの症状が現れますが、初期には症状が現れません。そのため、早期発見には健康診断が役に立ちます。

健康診断で異常が見つかったときは、速やかに医療機関を受診することが大切です。日本には国民皆保険制度がありますから、自分が治療を受けようとさえすれば本来かかる医療費の1~3割の負担で治療を受けることができます。

皆保険制度のないアメリカに留学した際に「治療すべきなのは分かっているけれど、お金がなくて病院に行けない」という患者さんを診てきた私からすると、日本で異常があると分かっていながら医療機関を受診しないことはもったいないと感じてしまいます。

血糖が高い方には、放置せず速やかに医療機関を受診していただきたいと思っています。治療介入が早ければ早いほど糖尿病が悪化しにくく、適切な治療・管理を継続することで重篤な合併症を避けることができると考えます。

仮に糖尿病やそのほかの要因によって腎臓の状態が悪くなってきてしまった場合には、早期に発見し、悪化を食い止めることも大切です。腎臓の状態悪化の発見には、尿検査で測定できる“アルブミン”の数値を確認することが大切です。

尿検査でアルブミンがごくわずかでも検出された場合、腎臓の状態が悪くなってきている可能性があります。この場合には、速やかに適切な治療薬を処方することにより、腎機能の悪化を早い段階から食い止めるようにします。

サルスクリニックの取り組み

サルスクリニック日本橋では、“未来につづく、今を診る”というコンセプトのもと、働き盛りの忙しい患者さんでも受診しやすいクリニックをめざして診療を行っています。糖尿病は診断されても治療を中断してしまったり、健康診断で異常が見つかっても医療機関をなかなか受診しなかったりして、うまく治療・管理されないことも少なくありません。そこで、当クリニックではさまざまな取り組みにより、忙しい方にも定期的に通院していただけるように心がけています。

まず、糖尿病の適切な治療・管理を行うために、日本糖尿病学会認定の糖尿病専門医、看護師、管理栄養士などがチームとなって診療を行っています。

また、当クリニックでは健康診断も実施しておりますので、健診で異常が見つかった際はワンストップで診療に結びつけることができます。これにより健診で異常が見つかっても忙しくてなかなか医療機関できないという方の障壁を取り除くことができます。

糖尿病にかかりやすい現代の生活だからこそ一工夫が大切

糖尿病のかかりやすさは人種や遺伝子のほか、活動量や食事内容などの生活習慣を含むさまざまな要因によって決まります。そのため、その人の体に見合った生活習慣を送ることが何より大切です。

特にIT化によって長時間座ったままで過ごすことが増えた現代人は、もともと糖尿病にかかりやすい生活をしているといえます。糖尿病を予防・管理するためにも、生活習慣の改善をできることから始めていただきたいです。

※サルスクリニックの健康診断について、詳しくはこちらをご覧ください。

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